2015年10月30日

神楽縁人の、そもそも神楽って? そのろく

ハーイ19号です!寒いです!
あっという間に神楽シーズンもあと一ヶ月くらい・・・さみしいのであります(ノД`)

前回は東北の神楽についてのお話でしたが、
今回は岩手の神楽で権現様が萌え!というお話を中心に。

前回、少しだけですが、
「まわり神楽」「通り神楽」で集落を修験や山伏がまわり、「権現様」の舞で火伏・悪魔祓いの祈祷をしたという話をしましたが、その権現様とはどなたなのか!
12193729_915476531873098_4147270077024338023_n.jpgこの方です。ああああかわいいいいい
いや、神さまなのでかわいいとか言ったら駄目なんですけど。かわいいいい

柄杓を加えて舞う火伏の祈祷をし、その歯で煩悩や病などを噛み砕き、人々の無病息災を願います。
そのため、舞の中で歯噛みの所作があるほか、わざわざ権現様の噛み噛みタイムが設けられます。
権現様が噛んで回ることもありますが、権現様目指して観客が行列を作って、順番におとなしく頭を差し出す姿はシュールながらもほほえましく、ちゃっかり自分もおとなしく頭を差し出したりして。
結構、この「噛む」動作をする獅子舞はポピュラーで、鳥取の因幡地方に伝わる「麒麟獅子」にも頭を噛んでもらう習慣がありますね。いつか見てみたいものです。むふふ

この権現様、獅子頭そのものが「本尊」として祭られています。
そのため神社ごとにお顔が違うのが萌ポイント。ただお顔が違いすぎて、お土産グッズなどにはなりにくいようです。残念。
神社なのに「本尊」と呼ぶのはおそらく神仏習合時代の名残で、「権現」という言葉も、仏が神の姿を仮にとって現れたという意味なのであります。
「権現」がつく神社や神様に出会ったときは、ああ修験・山伏と関係が深かったんだなあ思っていただいたらよいかと思います。
ほかにも権現様は神仏習合とか、修験・山伏の思想とかが色濃く残っておりますが、こ難しいので省略。

権現舞と獅子舞の違いは、また長くなりますので次回に引っ張るとして。
岩手には別の萌えな御方がいます。
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鹿踊(ししおどり)。これは「嫁はんくだされ」ピョンピョンという一場面。ああああかわいいいい
鹿踊は宮沢賢治が童話「鹿踊りのはじまり」を書いたことで知られるようになりましたが、資料が少なくあまり詳しいことは分かっていない芸能です。
ただ、ある一説によりますと、この鹿踊の鹿と権現様の頭は同じルーツではないかといわれています。
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小さい頭に、大きな目、ちょっと怖いけど愛嬌のある顔。似ているような気も、したりして。

余談ですが、この権現様は、ちょっとはにかむようにして立って、人の奏でる楽に耳を傾けているところ。
口を隠すと一気に人(神?)格的な表情を見せる、やっぱり動物ではなく神さまなのでした。

もう、この萌えをどうお伝えしたらよいのやら!
では皆さま、よい週末を\(^O^)/*
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2015年10月23日

神楽縁人の、そもそも神楽って? そのご

ハーイ19号です!
なんだか山とか田んぼとかが秋らしくなってきていますね〜(*^O^*)

前回はだいぶテキトーに書いてしまったのでありますが、
またテキトーになりそうですけれども、引き続き東北の神楽編。

東北の神楽は「山伏神楽」というお話は先週いたしましたが、
実はこの呼び方は、岩手とか青森で主に言われる呼び方なのです。
北から順に
下北では能舞、
陸奥(青森)・陸中(岩手)では山伏神楽、
羽後(秋田)・羽前(山形)では番楽、
陸前北部(気仙沼〜宮城北部)では法印神楽、という風に、同じ形態の神楽でも名前が違うんですね〜
たぶん山とか地理的関係でこういう分かれ方しているのではないでしょうか(`・ω・´)
地理苦手なので根拠はないのですけれど。
あとは、後ほどちょろっと出ますが、宗教者の宗派の違いも関係あるのです。

まーまーとにかく山伏神楽は、霜月の頃になりますと、集落をまわる「まわり神楽」「通り神楽」を行って、「権現様」という獅子頭で火伏・悪魔祓いの祈祷をしました。
この権現様がまーなんとも萌え!なので、また詳しくはそのうち(`・ω・´)
岩手の神楽についてはもーがっつり語らせていただきます(`・ω・´)

東北の神楽のポイントは「霜月」。
いまはほんわか秋祭りー\(^O^)/*というのが神楽シーズンという雰囲気になってはおりますが、特に修験者が関わっている神楽では、東北に限らず「霜月」に行うことがキーワードになるのであります。
霜月は、太陽の力が最も弱まると考えられておりまして、太陽の力が弱まる→人間ピンチ!大ピンチ!
アマテラスが岩戸に引きこもっちゃったときの、神々のピンチ具合を思い出していただいたらイメージしやすいかもですね。
さらに言うと、今では神楽というと五穀豊穣がメインな感じですが、霜月の神楽はどちらかというと「清め」「祓い」が重要なのです。

もう一つのポイントは、前回ちょっぴり触れましたが、「みちのく」という風土。
あ、これ語ると長くなりそう。
自然信仰が強い地域に、西の方から蝦夷討伐でワーと来たときに、仏教もワーと入ってきました。
それが天台宗の白山信仰(法印)と真言宗の熊野信仰(山伏)。彼らはそのまま居残ってその土地の宗教者に。
中世あたりには加えてパワースポット目指して修験者もワーと来ました。自然信仰×神様仏様!
そんなこんなで江戸時代に入りましたら、冷害や大飢饉、疫病と、もーなんと苦難な時代に。
生きるために、神様仏様に護ってもらうために、土地を祓い清めるために、法印・山伏・修験者は加持祈祷し、土地の人たちも神楽を奉納したのでありました。

だから、東北は「神楽どころ」なのです。

そしてこういう時代背景があるから神楽だけではなくて、東北のいろいろなすばらしい文化をつくり上げたのであります。
神楽を知ること、それはその土地を知ること。

あーやっぱり長くなっちゃった!


では皆さま、よい週末を!\(^O^)/*
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2015年10月16日

神楽縁人の、そもそも神楽って? そのよん

ハーイ19号です!
気がついたらひと月近く空いてしまいました・・・ちゃんと更新できるように頑張ります(´・ω・`)

本日からしばらくは、「そのいち」でご紹介した神楽の種類についてのお話。
一回では話しきれないのですが東北の神楽について、まずはゆるーく参ります(`・ω・´)

東北と一括りに申しましても、なかなか広いもので、こまかーく見るともちろんそれぞれものすごく違いがあります。なんたって「神楽どころ」。島根も多いですが東北も神楽団体が多いのであります。
でも、一つ、大きなポイントとなるのは、「山伏」あるいは「修験者」が関わっていることでしょうか。

東北には、出羽三山や早池峰山など、山伏や修験者にとっては最高のパワースポットがもりだくさん。
ちなみに「山伏」の語源は、山にその身を伏せて大地の力を得たことからと言われとります。
この山伏や修験者が、もといた土地の文化や芸能なども信仰とともに持って入ってきたことから、東北の神楽は形作られたのでありますが、東北に神楽を広範囲にわたり強く根づかせたのには、環境の厳しさが大いに関わっています。
とにかく生きるための「祈り」が強烈。

そしてこの「祈り」を具現化してくれて、なんだか効果がありそうな感じだったのが、山伏・修験者であり、彼らの舞う神楽だったのでありました。

この山伏や修験者についてつつくのも面白いので、それはまた後日。

わたくしは岩手の神楽しか現地で見たことはないのでありますが、
あんまり装束のこと適当に言うと怒られるかな・・・舞手が山伏や修験者の帽子みたいなやつ(頭襟)や、ポンポンのついたやつ(結袈裟)などを身につけて、印を結びながら舞う演目があります。ざっくりいいますと「儀式舞」と呼ぶやつになるのかしら。
島根の儀式舞は、どちらかというと巫女神楽というか、巫女さんの所作に似ているんじゃないかなあ。
儀式舞などは特にどんな宗教者がミツバチの如く芸能と信仰を持ってきたのかで変わってくるのであります(`・ω・´)

もー話し出したら長いのでひとまず今回はここら辺で。

神楽は奥が深い!ということで、
皆さまよい週末を!\(^O^)/*
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2015年10月12日

栄光の70’s(66)

秋たけなわ・・・と、言いたいところだが、昨日から結構寒い!寒気が降りて来ているとかなんかで、ちょっとした冬型の天気なのかな?昨日は実家にいたのだが、コタツを出しましたよ(あったかくて気持ち良かった〜)!
今日も天気は思わしくなく、実家での農作業をとりやめ早々に我が家に帰還して、身の回りの整理整頓に勤しんだ。まずは、夏物と秋冬物の入れ替え(我が家は自分の物は自分で管理するのです)。そして、CDラックの掃除と整理(たいして購入はしていないはずだが、また増えていた・・・)。その合間に、出雲駅伝と阪神対巨人のCSの観戦と、充実していましたよ!

ここ最近、中高校生時代の後輩に出くわす機会が多い。
後輩というのは、よほどかかわりがない限り40年もたった今、はっきりと覚えているはずもない。
まずは、実家のある市内の某スーパーで、おふくろに頼まれてギフトのお買い上げをした時の事。のしの内容を尋ねられ「粗品で」と答えただけなのに、「粗品、●●さんでいいですね?」とかえってきた。「はい」と答えたのだが、ちょっと待て。名前は申していないはず・・・。聞いてみるに、高校の1年後輩らしい。「ギターやっちょらいたでしょ!知らんかもしれんけど、結構人気ありましたよだって(エヘヘ、かなり嬉しかったよ〜ん)」!だったら、その時に言ってよ!てなもんだわな、まったく。

お次が先週実家で草刈りしていた際に、電話線を切ってしまった。NTTに連絡して修理に来てもらうこととした(しかし、今頃の電話の修理の連絡って取りにくくなっているんだろうねえ。電話帳見てもグーグルなんかで調べてもよう分からん仕組みになっているだなあ〜不思議と、やったら留守電かなんかしらんが、オペレーターにつなぎますみたいなコメントでおくられていくんだ、これが!)。そんでやって来たヤツが、最初から妙に「フレンドリーな感じだなあ」と思いきや、中学校の2年後輩だった。しかも、同級生の親戚だったりして、盛り上がりましたよ。

あとは、お願いしているおふくろのヘルパーさんのひとりが、中学校の1年後輩だったこと。「生徒会長さんで良く覚えちょうよ」ということだった(そう、僕はこうみえて中学校の生徒会長だったのよ)。
もちろん、すべておっちゃんおばさんばっかりっすねえ〜。

他愛のないことなのだが、僕が覚えていない人が僕の事を覚えていてくれるのは、何となく嬉しいものだ。
しょうもないことかもしれないが、僕がその頃そこに存在していた価値が少しだけでもそこにあったような気がするのだ。
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2015年10月05日

栄光の70’s(65)

もう10月だ。陽が早く沈むようになることを除けば、1年でいちばん過ごしやすい季節かもしれない。
9月にかかわる楽曲はけっこうあるのに、10月はほとんどない。良い季節なのに何故だろう?
また、出雲地方で10月は「神在月」。松江城の国宝指定と出雲大社遷宮からつづく参拝客などで、今秋島根に訪れる人がかなり増えているらしい。ありがたいことでございます。

先週は「福山雅治結婚」のニュースが世間を賑していた。インタビューを受けるいろんな女性の方が、自分が付き合っていたのか?はたまた、彼と結婚でもしようと思っていたのか?ってな感じのお答えだった。そもそも「スター」というものは、創り上げられた群像のようなもので、独身だろうが既婚者だろうが観る方(または傍聴者)にとって全く関係ないと、僕的には常々思っているのでどうでもいい盛り上がり方のように思えてしかたなかった。
しかしながら、彼の作りだす音楽は「福山雅治」そのものであり、決して他の誰にもまねできないものだと思っている。特に現代の音楽はみんな同じ感じで、ビートやリズムばっかりで肝心なメロディーのない曲ばっかりのような気がする。そして、誰も似たような声で歌う。その中にあって、彼の楽曲は彼にしかできない物のように感じるのだ。それになんといっても、かっこいい!そして、しゃべらすと下ネタも出てきたりして面白いのだ。男にとっても憧れの存在なのである。

喋りといえば、70年代のライブってのいうのは結構みんな喋っていたような気がする。
あの拓郎様とて、ステージの3分の1くらいはトークだったし、それが当時メチャクチャおもろかった。ちょっと広島弁っぽいところも出たりしていい感じだった(その片鱗を聴くことができる「よしだたくろうオンステージ・ともだち」はおススメ)。

喋りが長いので有名だったのが、さだまさし(トークだけを集めた6枚組位のCDも出ている!)。松江でのライブ(80年代前半頃かな)を観たのだが、終了時間がステージ使用時間ぎりぎりだったらしい(たしか3時間を超えていたような?)。その半分はトークであったことは言うまでもない。

しかし、さらに凄い人がいた。海援隊の武田鉄矢の喋りの長さはそれも上回っていた。ライブが2時間くらいだとすると、歌う曲はなんと5〜6曲ていどだったのだ。嘘みたいだけど本当の話。
「贈る言葉」の大ヒットで状況は一変したかもしれないが、それ以前のライブはそんなもんだったらしい。
僕も「あんたが大将」の頃の海援隊が松江にやってきたので、まだ彼女にもなっていなかった今の嫁さんと観に行った。大ホールだったか中ホールだったか忘れてしまったが、観客数わずか数十人。幕が上がり海援隊登場、そして武田鉄矢の第一声が「本日は空席を除いて超満員のお客様のために歌います」だった。そして、まばらの客席を見て、観客を全員前列の方へ誘導して、とっても温かいライブになった。
そのトークの面白さといったら前代未聞だった。学生時代の思い出や「幸せの黄色いハンカチ」撮影秘話など盛りだくさんで、抱腹絶倒のライブであった。
もちろん曲の方も「故郷未だ忘れがたく」「思えば遠くへ来たもんだ」は心にしみたし、千葉選手のギターの音は心地よく、中牟田氏のシブイ歌声も良かった。

その他にも、かぐや姫(特にこうせつ)・泉谷しげる・高田渡・岡林信康なんかもトークは上手かった。あの長淵剛さんもデビュー当初のライブは結構喋っていたのだ。「風は南から」が出て間もないころに松江に来た時に聴いたのだが、2曲に1回はトークってな感じだったように記憶している。

今のライブは最初から最後まで曲をたたみかけるように続けていく(間でちょっとだけトーク)スタイルばかりのような気がする。それはそれで、盛り上がっていいと思うのだが・・・。
曲は他のメディアで聴けるとして、ライブならではのトークがゆっくり聞けるステージを、もう一度ゆっくり観たいと思うのは僕だけだろうか。
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