2016年05月17日

栄光の70’s(78)

早5月も半ば過ぎ、2ヶ月ぶりくらいの登場です。
この所、例年にない公私にわたっての慌しさに釜掛けて怠けておりました。月曜日は週初めで会議やら振替の連休やらあって、なかなか大変なので、これからは気の向くままに書き込もうと思う。
さて、季節も良い頃で、あらゆるスポーツが毎日目白押しである。プロ野球に相撲にテニスにetc.

何といっても今は、バレーボールオリンピック最終予選かな。なんでも今は男子の方の人気がうなぎ上りで、全会場チケットが売り切れ状態だとか。若くていきのいい選手が活躍していることもあるが、勝てば官軍ということなのだろう。
僕はあいかわらず女子の応援。こんなことを言うと、最近ではすぐに「セクハラ発言」などとやられてしまうのだが、ここんところの日本女子チームにはわりと可愛い娘が増えている気がする。髪の毛もこざっぱりとしたショートカットですっきりしていてカッコイイ(僕は日本人のくせに長い黒髪が嫌いなのだ。茶髪ならなお良い)!
そして、これまた相変わらずイチオシで応援は#16迫田さおりちゃん。ルックスもさることながら、あの跳躍力とスピードは魅力満載で、世界の壁に向かって打ち抜くバックアタックは見る者を魅了する。
と、僕は思うのだが、いかがなものだろうか。少ない出番だが、オジサンは期待して待っているよ。
余談だが、セッターとして急成長の宮下遥ちゃんだが、僕が子供の頃から知っていて、現在東芝ブレイブサンダースで活躍する#0藤井佑真(特に学生の頃)にちょっと似ていてちょっとおかしい。

さてさて、今日の70’sは久保田早紀の「異邦人」。
70年代も幕を閉じようとしていた1979年10月リリース。CMソングで使用され徐々に売り上げを伸ばしていった。初めて耳にした時には、サビの部分だけだったのでピンとこなかったのだが、全曲聴いたときに「ゾク」っとくるものがあった。何とも言えぬ雰囲気のメロディーに超僕好みのボーカル。
当時のチャート番組「ザ・ベストテン」に出演するや、またたくまにその曲はNo.1に躍り出ることになる。その要因の一つに彼女の容姿も絡んでいたことは言うまでもないが、ピアノの前に座り歌う彼女の美しい横顔とエキゾチックな楽曲に小生も完全ノックアウトされたことはいうまでもない。

この後も数々のシングル・アルバムを発表した彼女であるが、ヒットということになると、これくらいだったのだが、そのどの曲もいい感じの曲で(何と言ってもボーカルが素晴らしい)、疲れがたまったときに聴くとホッとできるのだ。しかし、80年代半ば頃、結婚とともに音楽界を引退された。
現在は本名(結婚後)の久米小百合さんという名前で、教会音楽家としてご活躍中らしい。

彼女の曲もまた、僕が社会人としてのスタート地点であり、天国に行ってしまった彼女との思い出が詰まった曲でもあるのだ。
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2016年05月14日

手紙 〜親愛なる子供たちへ〜

年老いた私が ある日 今までの私と 違っていたとしても
どうか そのままの私のことを 理解して欲しい
私が服の上に 食べ物をこぼしても 靴ひもを結び忘れても
あなたに いろんなことを教えたように 見守って欲しい

あなたと話す時 同じ話を何度も何度も繰り返しても
その結末をどうかさえぎらずに うなずいて欲しい
あなたにせがまれて 繰り返し読んだ絵本の あたたかな結末は
いつも同じでも 私の心を平和にしてくれた

悲しいことではないんだ 消えて去って行くように 見える私の心へと
励ましの まなざしを 向けてほしい

楽しいひと時に 私が思わず下着を濡らしてしまったり
お風呂に入るのをいやがることきには 思い出して欲しい
あなたを追い回し 何度も着替えさせたり 様々な理由をつけて
いやがるあなたとお風呂に入った 懐かしい日のことを

悲しいことではないんだ 旅立ちの前の準備をしている私に
祝福の祈りを捧げて欲しい

いずれ歯も弱り 飲み込むことさえ 出来なくなるかも知れない
足も衰えて 立ち上がる事すら 出来なくなったなら
あなたが か弱い足で 立ち上がろうと 私に助けを求めたように
よろめく私に どうかあなたの手を握らせて欲しい

私の姿を見て 悲しんだり 自分が無力だと 思わないで欲しい
あなたを抱きしめる力が ないのを知るのは つらい事だけど
私を理解して支えてくれる心だけを 持っていて欲しい

きっとそれだけで それだけで 私には勇気が わいてくるのです
あなたの人生の始まりに 私がしっかりと 付き添ったように
私の人生の終わりに 少しだけ付き添って欲しい

あなたが生まれてくれたことで 私が受けた多くの喜びと
あなたに対する変らぬ愛をもって 笑顔で答えたい

私の子供たちへ
愛する子供たちへ

【作詞】不詳
【訳詞】角 智織
【日本語補詞】樋口 了一
【作曲】樋口 了一

(縁人100号)
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四国お遍路へろへろ旅(その2)

1番は徳島県の霊山寺(りょうざんじ)。
 徳島県の札所はここから23番薬王寺まで続きます。1番から10番までは近い場所にあるので、歩き遍路でも比較的楽に回ることができます。1番のここで装束や巡拝用品を調達してお遍路を始める方は多いでしょう。私は、白衣だけは前回の分、納経帳、Lサイズの菅笠と納め札を購入しました。納経帳は古いものに何回も上書きする人が多いみたいですが、私は新調しました。
霊山寺は、そんなに大きなお寺ではないものの、立派な仁王門があります。庭がよく手入れしてあって池には鯉が泳いでいます。お遍路さんはここから発心の旅に出ます。
写真は1番と2番の極楽寺(4枚目)です。極楽寺の本堂は国宝だそうです。(縁人100号)

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2016年05月08日

四国お遍路へろへろ旅(その1)

御厨人窟(みくろど)
徳島県最後の札所、23番薬王寺を後にして、海岸沿いを延々1時間半ほど車で南に走ると、弘法大師が修行をした場所と伝えられる、室戸岬の突端東側の海ばたにある御厨人窟に。念願のこの洞窟を訪れることができました。
10年前、58歳を迎える年に、今回と同様五月の連休を利用して自動車でのお遍路旅を思い立ちました。逆打ちで八十八番大窪寺から始め、三年目の60歳を迎える年に結願となり、翌年は高野山にお礼参りをすることができました。香川、愛媛、高知と回って、最後の徳島県が近くなってから、残りの番所を消化するのには時間的に厳しいことに気が付き、ここへ寄ることができず残念な思いをしました。
それから10年、68歳を迎える今年、今度は1番の霊山寺から順打ちで始めることにしました。多少余裕をもって周辺も寄り道しながら、何より気になっていた御厨人窟に行きたい。
弘法大師は、著作「三教指帰(さんごうしいき)」のなかで、室戸の海岸の洞窟を修行の場所に選び、難行の最中に、洞窟の向こうから明星が口の中に飛び込んできたとの記述をしています。いわば悟りを開いたともいえます。以来自身を空海と名乗っています。
徳島から海沿いを室戸岬まで、車で走ってみて他にはこのような洞窟は見当たりません。しかも、少し広めの洞窟で居住用だったとされる御厨人窟と右隣には修行場とされる神明窟があります。洞窟の中からは太平洋が見える。東向きなので、明け方には朝日が入ってくると思われます。1300年前の出来事のその現場が今でも残っているということに驚かされます。
朝早く出発したのでまだ少なかった来訪者も、世界ジオパークになっている室戸海岸で3時間ばかりのんびり過ごしているうちに7〜8台入る駐車場がいっぱいになってきました。
八十八カ寺番外となっているこの御厨人窟で、般若心経を唱えて思いを果たした後、朝のうち草取りをしていた洞窟守りのおばさんに納経帳の記帳をしていただいて、24番の最御崎寺へ向かいました。(縁人100号)


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