2015年10月05日

栄光の70’s(65)

もう10月だ。陽が早く沈むようになることを除けば、1年でいちばん過ごしやすい季節かもしれない。
9月にかかわる楽曲はけっこうあるのに、10月はほとんどない。良い季節なのに何故だろう?
また、出雲地方で10月は「神在月」。松江城の国宝指定と出雲大社遷宮からつづく参拝客などで、今秋島根に訪れる人がかなり増えているらしい。ありがたいことでございます。

先週は「福山雅治結婚」のニュースが世間を賑していた。インタビューを受けるいろんな女性の方が、自分が付き合っていたのか?はたまた、彼と結婚でもしようと思っていたのか?ってな感じのお答えだった。そもそも「スター」というものは、創り上げられた群像のようなもので、独身だろうが既婚者だろうが観る方(または傍聴者)にとって全く関係ないと、僕的には常々思っているのでどうでもいい盛り上がり方のように思えてしかたなかった。
しかしながら、彼の作りだす音楽は「福山雅治」そのものであり、決して他の誰にもまねできないものだと思っている。特に現代の音楽はみんな同じ感じで、ビートやリズムばっかりで肝心なメロディーのない曲ばっかりのような気がする。そして、誰も似たような声で歌う。その中にあって、彼の楽曲は彼にしかできない物のように感じるのだ。それになんといっても、かっこいい!そして、しゃべらすと下ネタも出てきたりして面白いのだ。男にとっても憧れの存在なのである。

喋りといえば、70年代のライブってのいうのは結構みんな喋っていたような気がする。
あの拓郎様とて、ステージの3分の1くらいはトークだったし、それが当時メチャクチャおもろかった。ちょっと広島弁っぽいところも出たりしていい感じだった(その片鱗を聴くことができる「よしだたくろうオンステージ・ともだち」はおススメ)。

喋りが長いので有名だったのが、さだまさし(トークだけを集めた6枚組位のCDも出ている!)。松江でのライブ(80年代前半頃かな)を観たのだが、終了時間がステージ使用時間ぎりぎりだったらしい(たしか3時間を超えていたような?)。その半分はトークであったことは言うまでもない。

しかし、さらに凄い人がいた。海援隊の武田鉄矢の喋りの長さはそれも上回っていた。ライブが2時間くらいだとすると、歌う曲はなんと5〜6曲ていどだったのだ。嘘みたいだけど本当の話。
「贈る言葉」の大ヒットで状況は一変したかもしれないが、それ以前のライブはそんなもんだったらしい。
僕も「あんたが大将」の頃の海援隊が松江にやってきたので、まだ彼女にもなっていなかった今の嫁さんと観に行った。大ホールだったか中ホールだったか忘れてしまったが、観客数わずか数十人。幕が上がり海援隊登場、そして武田鉄矢の第一声が「本日は空席を除いて超満員のお客様のために歌います」だった。そして、まばらの客席を見て、観客を全員前列の方へ誘導して、とっても温かいライブになった。
そのトークの面白さといったら前代未聞だった。学生時代の思い出や「幸せの黄色いハンカチ」撮影秘話など盛りだくさんで、抱腹絶倒のライブであった。
もちろん曲の方も「故郷未だ忘れがたく」「思えば遠くへ来たもんだ」は心にしみたし、千葉選手のギターの音は心地よく、中牟田氏のシブイ歌声も良かった。

その他にも、かぐや姫(特にこうせつ)・泉谷しげる・高田渡・岡林信康なんかもトークは上手かった。あの長淵剛さんもデビュー当初のライブは結構喋っていたのだ。「風は南から」が出て間もないころに松江に来た時に聴いたのだが、2曲に1回はトークってな感じだったように記憶している。

今のライブは最初から最後まで曲をたたみかけるように続けていく(間でちょっとだけトーク)スタイルばかりのような気がする。それはそれで、盛り上がっていいと思うのだが・・・。
曲は他のメディアで聴けるとして、ライブならではのトークがゆっくり聞けるステージを、もう一度ゆっくり観たいと思うのは僕だけだろうか。
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