2016年03月29日

栄光の70’s(77)

春が来た。
とはいえ、ここのところけっこう寒い日が続いた。
昨日なんかも、昼はとても暖かったが、朝晩は冬のような冷え込みだ。春爛漫はもう少し先かな?
さてさて、とうとう77回目。ちょっと怠け気味で70回あたりから進まなくなっていたなあ。記念的掲載なので「景気のいい話を」と考えていたのだが、ちょっとシミジミとしたお話し。

松江市内にある某大学のすぐそばにある某中華料理屋さん。結構前からあるこの店には、僕が就職をして独身生活をしているころ随分とお世話になったのである。
今からおよそ40年近く前そのお店は、大まかそうな親父(とはいえ当時20代)と気のいい明るい奥様の二人でやっていて、学生を中心に繁盛していた。学生メインのお店だったのか、どのメニューも値段のわりには量が多く、食べ盛りのわれわれは大助かりだったのだ。初月給が入ったときは、大学へ通う友人とここで酒盛り(勿論僕のおごり)をしたことを今でもはっきりと覚えている。

何度かの引っ越しでこのお店の近くのアパート(友人2人と同居)に住んでいた頃、友人のたまり場になったこのアパートでは夜な夜な麻雀大会がくりひろげられていた。当時はまだコンビニなどという超便利なシロモノはなく、深夜になると若者の空腹を満たすべく食物を調達するのは困難であった。しかし、この店はなんと深夜2時まで営業していたのである(あの頃松江のど田舎で、こんな時間まで営業していた飲食店は飲み屋以外)は他になかったと思う)。
当然の如くそこへ食べに行けばいいのだが、なんせゲームは進行中。思いついたのが「お持ち帰り」であった。当時はお店のメニューをお持ち帰りなんてシステムはなく、僕が交渉に行くことになった。
深夜0時過ぎにお店に行くと店内はいつものように学生や飲んだ後仕上げのサラリーマンで大盛況。ちょっと無理そうだったが、そこは親しい間柄(?)、チャーハン6人前を注文すると、親父が一言「作っちょいちゃあけん、炊飯ジャーの釜もってこい」とかえってきた。
しばらくして釜にタップリと入った長大盛りチャーハンが出来上がっていた。店内大爆笑であった。
これに味をしめた我々は「別のメニューを」ともくろんだが、見事に断られた。

この夫婦には男の子と女の子(この子が可愛かった!)二人の子供がいて、よく店内をうろうろしていたため僕たちも結構可愛がっていて、一回だけだけど誕生日に靴かなんかプレゼントしたことがあった(二人ともよく店のお手伝いをしていたなあ)。女の子の方は結婚するまでお店の看板娘として頑張っていたが、現在は旦那さんと二人で八束町でラーメン店(中華料理屋?)をやっている。相変わらず元気のいい「いらっしゃい!」でお客さんを迎えていることだろう。かなり前から気なっている店だったが、娘がやっていることはつい最近人からきいてビックリした(近いうちに行ってみようかな)。

さて先日、「営業中」の札がぶら下がっていたので、何年振りかにこの某中華料理屋の階段を上がった。
目に入った光景は目を疑うものだった。入り口付近の座敷に無造作に積み上げられた雑誌、テーブルの上に散らかされた雑誌、「店はもう閉じたのか?」と思った瞬間「いらっしゃい」の声。見るとオヤジになった長男が一人いた。迷いながらもテーブルにつきメニューを見る。それには前のまんまの懐かしいメニューがならんでいるのだが・・・・。
「久しぶりだねえ」と、言葉をかわす気力もなく、ラーメン一杯いただいた。ちょっとぬるかったが、その店伝統(?)の味に近いものだった。帰りぎわに「親父さん元気?」と尋ねると「一昨年亡くなりました」と、衝撃の答えが返ってきた。まだ64歳、すい臓がんだったらしい(親父の奥さんはかなり前から体を壊して数年前に若くしてこの世を去っている)。あの親父が作る痺れる(化学調味料で?笑)ような野菜炒めの味と、「また野菜炒め定食か!?」の声はも聞けない。

階段を下りる前に店内を見回す。すると、親父と奥さんの声がし、賑わう店内を二人の子供がバタバタしていたあの頃の光景がうかんできて、何とも言えぬ淋しさにつつまれた。
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