2015年09月21日

栄光の70’s(63)

連休真っ只中。シルバーウィークとかいうらしいが、ゴールデンウィークに対してなのか今日の敬老の日を含んでいるからなのか(おそらく前者?)知らないが、天気に恵まれて結構なことだ。
僕といえば、今日までの3日間はイベントのお手伝いで三次行き(毎日通いで)、明日からは実家に帰ってお彼岸である。そんなこんなで寛ぐ間もなく5日間が終わる予定となっている。まあ、人にあてにされてやることが沢山あるというのは、ありがたいことだと思っている。

今月の初め太田裕美の九月の雨にちょっと触れたのだが、彼女は女性シンガーだったのかアイドルだったのか、今でも悩ましいところなのだ(大袈裟?)。そもそも彼女もスクールメイツの出身で、当初キャンディーズの4人目のメンバーの予定だったとか(ホントに?)噂があった。

デビュー曲は「雨だれ」で、ピアノの弾き語りっぽい感じのバラードだった(悪く言えば地味)。その後「たんぽぽ」「夕焼け」(この曲大好き!)と続くが、いまいちパッとしなかったかなあ。いい曲ばかりなのだが、キャンディーズ同様ヒット性・話題性に欠けていたのだろう。
そして、75年暮れに発売された「木綿のハンカチーフ」でメジャーの仲間入りとなったのだが、この曲はメロディと歌詞が彼女の甘く可愛らしい声と一体となった、昭和の歌謡史に残る名曲ではないかと思う。
(前の3曲も結構いいんだけど)
よって僕的には他のどんなに歌の上手いお方がカバーされても意味のない曲となるのである。
残念だったのはこの次のシングル「赤いハイヒール」が二番煎じ的な作りになっていたことだった。

デビューから松本隆&筒美京平のゴールデンコンビによる楽曲がその後も続いていく。その後も拓郎様をはじめしょうやん・大滝詠一作の曲を歌っていた。拓郎様の「失恋魔術師」もいいのだが、しょうやんの「君と歩いた青春」大滝詠一の「さらばシベリア鉄道」(いずれも80年代だが)はかなりいい出来だと思う。

時折耳にするのだが、あの舌足らずな感じの甘えたような歌声は、かなりお年を召された今でもそんなにお変わりないように思う。いつまでもアイドルのような女性シンガー太田裕美なのだ。
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2015年09月14日

栄光の70’s(62)

今日は朝から良い天気だった。風は涼しく秋の気配、どころか秋本番になってきたようだ。
東日本では豪雨による災害が発生している。昨年もボヤイテいたのだが、地球温暖化による(?)異常気象が頻繁に災害をもたらしている。この先どうなるのやら・・・・。
幸いなことにわが町は災害もなく、穏やかな秋の夕暮れだ(感謝)。

さて、いよいよ本日は僕の70年代歌姫ビッグ3のオオトリ「リンダロンシュタット」。
彼女の歌を最初に耳にしたのは75年2月、彼女にとって初の全米1位となった「悪いあなた」。今まであまり聴いたことのないようなボーカルに興味を持ち、早速シングルレコードを購入した。そして、第一印象は「ずいぶん荒っぽい歌い方をする女性だなあ」だった(ごめんなさい)。

しかし、この年に発表されたアルバム「哀しみのプリズナー」を聴いたときにすっかりリンダにはまってしまった。このアルバムには彼女の曲の中でも3本の指に入る(僕的に)名曲「トラックスオブマイティアーズ」や「アイウィルオールウェイズラヴユー」(そうです、あのホイットニーヒューストンが映画ボディガードでカバーした曲です)などが収められていた。よって、僕は「アイウィル〜」はホイットニーなんか目じゃないくらい彼女のボーカルがいいと思っている(音域とか上手とかではないのだ!伝わってくるものが違うんだなあ)。

そして76年に名盤「風にさらわれた恋〜Hasten Down THe Wind〜」が発表された。
とにかくこのアルバムは、秋の夕暮れ時か秋の夜長に聴くのにピッタリなのである。全編バラードっぽい構成(シングルカットのザットルビーザデイを除くと)で、彼女のボーカルも素晴らしく心にしみる。
特筆すべき点は当時ほとんど無名であったカーラボノフの曲を3曲もとりあげていることだ。これによって、彼女も一躍脚光をあびることになった。JDサウザーもそうだったし、まだリンダがブレイクする前に集められたバックバンドはその後、イーグルス(デスペラードのカバーもすっごくイイよねえ!)としてアメリカを代表するようなバンドに成長している。そう考えると、リンダはすごい女性だったんだなあ。

アルバムに話を戻す。
レコードに針を下すと、Save me!とイントロなしで始まる「ルーズアゲイン」で幕を開けたかと思うと、そこからリンダワールド全開で、情感たっぷりのタイトルチューンまで一気に流れていくA面の出来は素晴らしい。B面はさらに秋らしさ満開で静かに流れていくのであるが、彼女の魅力がすべて詰め込まれたようなすごいアルバムだと思っている。
セールス的にはまずまずだったが、この前々作と後の2作が全米1位になっていて、どちらかというと大きなシングルヒットもなく、前作同様世間的には隠れた逸品(?)になっているような気がする。が、僕にとっては断然ナンバーワンの名作中の名作なのである。

ジャケットの写真も、夏の終わりを告げる海岸のようで(僕が勝手に思い込んでいる)いい感じだ。
言い過ぎかもしれないが、こんなボーカリストは今後も出てこない気がする。ここ最近ではノラちゃんも凄いボーカリストだと思うが、比ではない。

「風にさらわれた恋」
誰がつけた邦題かは知らないが、とっても良いタイトルではないか!
それは何故か!?聴けば解るのだ!
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2015年09月07日

栄光の70’s(61)

雨の日が続いている。先週は1日だけ爽やかな秋晴れの日があったが、その他はどんよりとした天気で、時折びっくりするような大雨になったりで、うんざりしている。
この秋の長雨にピッタリな曲をひとつ。
それは、シカゴの「雨の日のニューヨーク〜Another Rainy Day In New York City〜」。
発表されたのは76年6月で、本当は日本の梅雨の季節なのだが、何故か僕にとってはこの秋の長雨の季節にはまる曲となっている。サウンド的な関係なのかどうかわからないが、いいんだなあ〜。

シカゴは67年にいきなり2枚組のファーストアルバムを発表している。その後も4枚目くらいまでは2枚組だったような気がする。僕が一番最初に耳にしたシカゴは70年の「長い夜」(千春じゃありませんよ)だった。その頃はヒット曲のうちのひとつで、そのグループに興味は全くなかった。そして次に耳に入ったのが72年の「サタデイインザパーク」73年の「君と二人で」とシングル曲だけだった。

高校に入学して何ヶ月かたった時、友人の紹介で「凄い洋楽に詳しい奴がいる」ときき、そいつの家に遊びに行くことになった。そいつの家は代々旅館を経営していて、当時まだその周辺はそこそこ賑やかで、景気も良く経済的に恵まれていたのだと思う。高1にして凄い数のレコードを所持していたのである。
さらに驚いたことは、僕はそれまで「オールジャパンポップ20」(DJはなんと、みのもんた!)なんかは聴いていたのだが、彼はラジオ関東で土曜日の深夜放送されていた「全米トップ40」なるものを聴いており、そのチャートが毎週こと細かくノートに記録されていたのである。そのラジオ関東だが、深夜になるとわりと綺麗に島根でも受信されたのである(今現在は?)。

この新しい友人が高1にしてシカゴの大ファンだったのである(シブイねえ)。そして、全アルバムを所持していたのである。当時僕はなかなかアルバムを購入することができずにいたのに、彼は2枚組のアルバムを数セット持ち、もっと凄いことに「ライヴアットカーネギーホール」というシカゴの3枚組か4枚組だったかの大作もお持ちでいらっしゃったのである。もちろんシカゴ以外のアルバムも結構あったが、シングルレコードが100枚近くあるではないか!頭がクラクラするようであった(ステレオも上等でした!)。

その日、さっそくシカゴのアルバムを聴いた。
いきなりのホーンセッションからの、Hero Everybody で始まる「イントロダクション」。カッコ良かった!一発で気に入ってしまった。もちろんすべてお借りして、カセットにダビングさせてもらったのである。
しかし、どうしてもアルバムが欲しくて、やっと手に入れたのが「グレーテストヒッツ」(ジャケットが布みたいでカッコイイんだよ、これが!)であった。
テリーキャスが亡くなるまでは好きだったのだが、AORっぽくなってからはあまり聴いていない。最近会社の先輩から「もう聴きあきた」と、グレーテストヒット2を頂いたのだが、やっぱりしっくりこない。

「雨の日のニューヨーク」に話を戻すが、この曲が入っている「シカゴ]」からは、初の全米No.1となった「愛ある別れ」がシングルカットされている。この曲もこの季節にピッタリの一曲である。
松江とニューヨークではかなりの違いはあるのだが、雨の松江の街を車で走りながら聴くと最高なのだ。

Another Rainy Day In Matsue City
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2015年09月01日

栄光の70’s(60)

今日から9月。朝から雨で「9月の雨」(by太田裕美)のスタートとなった。
深夜から明け方にかけ結構降っていた(実は3時過ぎに目が覚めそのまま朝となったのです)。
錦織圭くんが初戦敗退というニュース。世界ランク4位とはいえ、あの体である。常にギリギリのところで戦っているはずだ。怠け者の自分からすると、感服し尊敬するばかりだ。時にはこんなこともあるでしょう。
夕べもバレーボールで盛り上がっていた。何チームかが並んでいるらしいが、日本にとっての本番はこれからみたいだ。セルビア・アメリカ・中国と強豪国との対戦が残っている。どこまでくらいつけるかだろうなあ。

先日昼間に珍しく(?)国営放送を見ていたら、あの懐かしい「サンダーバード」をやっていた。
放送当時小学生だった僕は人形の脅威の動きに驚いていた。今、画質がきれいになったTVで見ても、操り糸は非常に見えにくい。当時の白黒テレビなんぞでは見えるはずもなかったであろう。
この放送があったのはまだ60年代だったはずだが、放送自体も大好きだったのだが、何といっても欲しかったのがサンダーバードのプラモデル。基地全体のプラモデルなんて当時で何千円もするような超豪華版で、一般市民家庭の僕の手に入るシロモノではなかった。それでも、一人っ子の特権で1号3〜5号にモグラを買ってもらっていた。2号はコンテナが多すぎたような・・・・・。あと、5号は作る時に失敗してしまって、3号とうまくドッキングできなかったように記憶している。中でも僕は1号が大好きで、今でもどっかで(安く)手に入らないものかと思っているほどである。

そして、何と夜には3Gで制作された最新版の”THUNDERBIRDS ARE GO”が放送された(実は数か月前からやっていたらしい?)。最初はどうせ今風にアレンジされまくっているだろうとタカをくくって見始めたのだが、いやあ結構おもろかった。
ペネロープとあの博士・・・フレンズだっけ、は若干イメージが違っていたが、後のキャラはほぼ原形に近く、メカも5号を除けばそのまんまだし、基地自体がほぼオリジナルの形にできていた。2060年の設定ということらしいが、オリジナルにわりと忠実に製作されており、アナログ的な部分も随所に見られとても楽しかった。キャラの動きも人形の動きに近いような感じで作られているようであった。
来月も放送があるらしい。実に楽しみだ。

5!4!3!2!1!THUNDER BIRDS ARE GO!
しかし、ジョー90やキャプテンスカーレットも懐かしいなあ〜。
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2015年08月25日

栄光の70’s(59)

8月もあとわずか。夏の甲子園は終わったが、世界陸上やWCバレーボールにプロ野球も終盤にさしかかり、スポーツ真っ盛りの日々である。特にセリーグの優勝争いは日々順位が入れ替わりまったく油断を許さない。我が栄光の阪神タイガースが現在のところは首位なのだが、この前のG軍戦のようにいつ何時3連敗するかもしれず、最後までどうなるのやら・・・。ま、優勝したからといって、何の得があるかと言われても、何もないのだが(笑)。

世界陸上100mのボルトは強かった!準決勝だったか、スタート直後につまづきながらも1位通過で、結局のところ絶好調といわれていたガトリンをおさえての見事な優勝だった。
もうひとつ。千里ちゃんが久々にいい走りで予選を通過した(準決勝はちょっと残念だったけど)。あの華奢な体で筋肉モリモリの外人の方々に交じって頑張ったよねえ。200mも楽しみにしてるよ。

そして、女子バレーボール。イキのいい若い選手が沢山出てきた。しかし、見ているとやはり沙織ンの上手さが際立つ。決定力は確かに全盛期を下回っているかもしれないが、ここぞという場面でのプレーはさすがである。トラキチイチオシの迫田がいまいち元気がないのが気がかりだが、彼女たちにしてもしかり、世界の巨人たちを相手に本当に頑張っていると思う。
日本の女性は偉大ですよ!男たちよ、もっとしっかりせねば!

バレーボールといえば、「ミュンヘンへの道」というアニメがありました。
1972年に開催されたミュンヘンオリンピックにたどり着くまでの日本男子バレーボールを追ったドキュメントのアニメである。
「東洋の魔女」とよばれ、64年開催の東京オリンピックで見事金メダルを獲得した女子バレーにかくれていたが、実は男子バレーは銅メダルを獲得していたのである。そして次の68年メキシコオリンピックでは銀メダルと、一歩づつ階段を上っていたのである。このメキシコ大会もあまり注目されずに(僕的にはそう記憶しているが)、どちらかというと、マラソン君原の銀メダルやサッカーの銅メダル獲得に注目が集まっていた。
僕も実際この番組を見るまで、男子バレーなんて興味もなかったし、誰がいるかなんて全然知らなかった。僕みたいなやつ当時いっぱいいたと思う。そういう意味からいうと、この番組は男子バレーの振興に効果覿面ではなかったのではないかと思う。
高1の夏、バレーボール部に期間入部したのもこの番組がきっかけだったかもしれない。

南・大古・猫田に横田に森田。今でも名前も憶えている。彼達が強豪ソビエトやヨーロッパ勢を倒すために何をしたか伝えるドキュメントは感動するものだった。今では当たり前の「クイック」「時間差攻撃」に「フライングレシーブ」などは日本が開発したことも初めて知った。そうそう、「一人時間差」「天井サーブ」なんてのもあったっけ。
番組終了の1週間後がオリンピック開幕だったっけ?
見事に金メダルを獲得したのだが、決して順風満帆な大会ではなかった。特に準決勝のブルガリア戦(?)は2セット連取され、3セットも中盤まではリードを許す展開。そこからの見事な巻き返しで逆転という、まさに薄氷を踏む勝利であった。決勝は宿敵ソビエトではなく東ドイツだったように記憶しているが・・・。

今や低迷を続ける日本男子バレーボール。しかし、このスポーツも我が息子がやっているバスケ同様、身長と身体能力が絶対的条件の競技である。いたし方ない部分もあるのだが、攻撃面もさることながら、サーブレシーブなどのディフェンス面をもっと強化したらいかがなものだろうか?とも思う。

今は亡き松平監督、あなたは偉大でした。
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